御邪魔虫 薬缶の注ぎ口から、ほのかな湯気が上がってきた。 「お〜い、そろそろ湯が沸くぜ。茶〜入れてくれよ。」 電木の葉の布団に寝転がったまま眠そうな声を掛けたねずみ男に近づくと、鬼太郎は布団の端を持って思いっきり引っ張り上げた。 「いってぇぇぇぇ! おい!なにしやがんだよ! せっかく気持ちよく寝てたのに…」 布団から転げ落ちたねずみ男は、尻をさすりながら抗議した。 「何言ってるんだよ! 父さんの留守に、勝手に上がりこんできて。人の布団で寝ないでほしいね。蚤が移ったらどうするんだ。」 ぶつぶつ言いながら、布団を窓から外に出して、これ見よがしにバタバタと叩く。 「かぁぁぁぁっ、その言い草! おめぇもずいぶん冷たくなったじゃねえかよ。俺っちはよう、もう何日もまともな布団で寝てねえんだ。そんなかわいそうな親友が久しぶりに訪ねてきたってのに、そりゃねえだろう…ククゥーッ!」 「あーもう、わかった、わかった。泣きまねなんかするなよ、鬱陶しいなぁ。」 なんだかんだ言いつつも、ねずみ男のために淹れたお茶をどんと丸太机の上に置く。 「ほら、お茶くらいは入れてやるから、一休みしたら出てってくれよ。」 ねずみ男は当然のようにお茶を受け取ると、泣きまねをやめ、けろりとした顔で毒付き始めた。 「ったく、ホント、連れないわねぇ。最近、あのがさつで凶暴なババアやがきんちょ女に毒されてんじゃねえか?」 「ふふっ、誰の事だか。口には気をつけたほうがいいぞ。だいたい、お前との付き合い方は、ぼく自身で決めているんだ。お前の日頃の行い次第だよ。」 鬼太郎は自分のお茶と小さな壺を手に、丸太机を挟んでねずみ男の向かいに座った。 「お、なんだよ、その壺。うまいもんでも入ってるのか?」 「梅干だよ。」 「うめぼしぃぃぃ? なんだよ、もっとましな茶請けはないのかよ! ったく、貧乏はやだねー!」 「だったら食べるなよ。これ、結構いけるんだぜ。猫娘の特製さ。」 「なに? あの猫女、こんなもんまで作り始めやがったのか。なんかどんどん婆臭くなってやがるな。」 それを聞いた鬼太郎が、一瞬むっとした表情になったのを、ねずみ男は見逃さなかった。 「家庭的というべきだろう。この梅干も、蜂蜜が入っていてとてもおいしいんだよ。なかなかの腕だよ。」 「はっはーん、”あばたもえくぼ”ってやつね。家庭的、か。いやぁ、ものは言いようだねぇ。」 「なにが言いたいんだよ。いやらしい言い方して…。」 ねずみ男はすぐには答えず、壺をひったくると梅干を一粒取り出し、口に放り込んだ。 強い酸味を予想してすぼめた口が、思いの外まろやかな甘酸っぱさに次第に緩む。 こりゃいける、などと呟きながら、二、三粒まとめてほお張った。 「いや〜、最近は鬼太郎ちゃんも、やっと色気づいてきたのね〜と思ってさ。」 口をもごもごとさせながら冷やかすように言うねずみ男に、鬼太郎はギロリと一瞥をくれ、壺をひったくり返した。 「どういう意味だよ。」 「お前ら、どうも最近、怪しいんだよな〜。」 「だから、何のことだよ!」 「ホラこの前、猫娘がオトナに変身してお前をデートに誘ったしよ、その後も時々二人で、目と目で会話☆みたいなことしてやがるし…。」 「……。」 「お前が妖怪ノイローゼになったときも、な〜んか二人でこそこそいちゃいちゃしてやがって…。」 「いっ、いちゃいちゃなんて、していないだろう!」 鬼太郎は真っ赤になって抗議するが、どこか強気に出られない。 調子に乗って、ねずみ男は続けた。 「だいたいおめぇ、最近妙に大袈裟に猫娘のこと庇ってないか? 必要以上にひっついちゃってよぅ。下心みえみえだっつーの!」 「なっ…! そんなこと…。下心なんて、別に…。」 否定するものの、語気も弱く、だんだんとうち萎れてくる。 いつにない鬼太郎の様子に、すっかり有頂天になったねずみ男は、さらに勢い付いた。 「まさかおめぇら、陰でや〜らしいことしてんじゃないだろうなー。『ねこむすめ!』『きたろう…』ブッチュー!『ねっねこむすめぇー!』『ああ、きたろう、もっとやってー!』なんてよぅ…」 ご丁寧に、一人二役でなりきって演技までしながらの熱弁。 これで鬼太郎もノックアウトだろう…とチラリと見遣れば、逆に冷ややかな視線を投げられた。 「そんなことしてるわけないだろ…。気色悪いマネするなよ。」 ああしまった、調子に乗りすぎた、と気付いた時にはすでに遅く、鬼太郎はいつもの冷静さを取り戻していた。 どうも、この男は加減というものがわからないらしい。それをわきまえれば、もっとまっとうな暮らしも出来そうなものだが。 思惑が外れたねずみ男は、ちぇっと舌打ちをすると、 「気色悪くてすみませんでしたねー!」 と言うなり、またゴロリと横になる。 ようやく静かになったところで、鬼太郎は少し温くなったお茶をすすった。 「しっかしよう、なんでよりによって、アイツなんだ?」 しばらく天井を見上げてぼんやりしていたねずみ男が、不意に口を開いた。 「うん? アイツって?」 「猫娘だよう。」 「ああ、その話か。」 「世の中にゃ、いくらだって美人で気立てのいい女がいるってのに、なにも手近で済ませなくったっていいんじゃねえか。」 「手近で済ませている気はないよ。理想的な相手が、たまたますぐ側にいた…というだけさ。”青い鳥”の話もあるだろう。」 「理想的…ねぇ。俺にぁー、わかんないね。よりにもよって、あんな気の強い凶暴女…」 しまった、また口を滑らせたかと、あわてて口をつぐみ鬼太郎の様子を伺うが、存外鬼太郎は穏やかな表情だった。 「お前とは趣味が合わないからなぁ。まぁ、わからないだろうね。でも、ぼくには、あれくらいの方がいいんだよ。」 「あんな跳ねっかえりが?」 「だからさ。ぼくの生活を考えてもごらんよ。望んでいるわけじゃないけど、戦い続きの毎日で敵も多い。裏切られたり、謀略に巻き込まれたりもするかもしれない。並みの精神力じゃ、ついて来るのは無理なんだ。」 「は、は〜ん、たしかにね…。」 鬼太郎を慕うものは多いが、自分の身を思えば、深入りは危険だと、ほとんどのものが距離をおく。 それでも、鬼太郎に必要とされれば、協力を惜しまない。 それが自由を愛する妖怪の本質でもあり、それを不満とも思わないが、だからこそ、常に側にいてくれる仲間たちは貴重でありがたい存在だ。 「それなのに、あんなに小さな女の子がずっと側にいてくれるなんて、奇跡にも近いと思わないかい? あんなに、かわいい…。」 そこまで言って、今度は鬼太郎が、しまったと、口をつぐんだ。 チラリと見れば、ニッタリ含み笑いを浮かべたねずみ男と目が合い、真っ赤になって咳払いを一つする。 「そ、それに、ぼくに何かあったときには、一人で生きていかなきゃならない。それだけの覚悟も必要なんだ。猫娘にはその強さがある。」 「ああ、あいつなら、おめえが死んでも図太く生きるだろうよ…。」 「強さだけじゃない。愛情深さも天下一品だろう。彼女になら、安心してぼくの家族を…いや、父さんを任せられるんだよ。」 「愛情〜? だったら俺っちにも、ぜひ分けてほしいもんだよ!」 「十分愛情をかけられてると思うけどな。時々、羨ましいくらいに。」 その言葉の語尾に、背筋がぞっとするような冷たさが込められていたような気がしたが、ねずみ男は気付かぬ振りをした。 「ま、まあ、あいつはちょっと、他人に構いすぎるところがあるからな。」 「それもさ、ぼくにはちょうどいいんだよ。」 「あのお節介が?」 「ぼくは放っておくといつまでもぼんやりしちゃうし、基本的にだらしないからね。猫娘にはいろいろ助けられてるよ。」 「な〜るほど、母親代わりってか。」 「そんなつもりじゃ…」 否定しかけたものの、もしかしたら、意識下で猫娘に母親を求めているのかもしれない、と鬼太郎は思った。 猫娘が側にいると、なんとなく安心する。空気が和らぎ、明るくなる。 自分よりも華奢なその体に寄りかかり、包まれたくなることもある。 でも、二人きりになると急に胸がざわついて、居たたまれなくなったりもする。 そんなときは、むしろ自分から乱暴に触れてしまいそうになるのだ。 時により、鬼太郎の心に平穏と昂揚をもたらす。その少女の笑顔は、いつも同じだというのに。 「どうしてこんなに、心が乱れるんだろうな…。」 誰にともなく、独りごちた。 「あーそうですか。そいつはごちそうさま。もう聞いてらんねぇや!」 えいっと勢いをつけて半身を起こすと、ねずみ男は残ったお茶を一気に飲んだ。 「あ、もう帰るのか。ちょうどよかった。」 「へ? なんだよ、ちょうどいいって…。」 ねずみ男は、立ちかけた膝を再び折った。 「もうすぐ、猫娘が来ることになっているんだ。さっき、カラスが伝えに来たんだよ。」 くったくもなく、鬼太郎が嬉しそうに言うと、ねずみ男の目がきらりと光った。 「なにぃ〜? お、おめぇら、親父の留守に二人っきりで会おうって魂胆か!」 「魂胆って…。別になにもないよ。猫娘は、父さんが留守だと知らないし…。」 「いーや! さっきのお前のセリフを聞いちゃぁ、捨て置けない事態だぜ! よし、俺が保護者として立ち会ってやる!」 思いがけない言葉に、心外だとばかりに鬼太郎も語気を強めた。 「大袈裟だなぁ。別に二人きりで会うのも珍しい事じゃないし、ぼくだってちゃんと礼儀はわきまえてるよ! 変な気を回すなよ!」 「そうは言っても、若気の至りってのもある。おれが親父の代わりに、かわいい鬼太郎が道を外さないように守ってやるぜ。」 「そんなこと言って、どうせ猫娘のお土産が目当てなんだろう…。」 「あら、分かる? さすが、鬼太ちゃん。あいついつも、結構いいもん持ってきやがるからな〜。」 急に媚を売るような薄笑いを浮かべ、もみ手をする。 「どうでもいいけど、引っかき傷も一緒についてくる事を忘れるなよ…。」 「覚悟の上よ! うまいもんにありつけるなら、安いもんだ。」 わっはっはと笑う様子を見れば、出て行く気はまったく無い事が長年の付き合いで分かる。 鬼太郎は諦めたように頬杖を付いて苦笑した。 きっと猫娘は、ねずみ男を見て怒るだろう。 そしてお馴染みのやり取りがあって、ひと段落したら、結局みんな一緒にお土産を囲んで…。 そんなひと時も悪くない。 幾星霜を生きるとも知らぬ身にとっては、恋路はゆっくり進む方がいい。 天気を気にして鬼太郎が窓から空を見上げたとき、耳慣れた軽い足音が近づいてきた。 おしまい
またまた説明臭いお話です;;;。というかMAOはこういうくどい文しか書けません。 |