落葉の下で



秋は小春日和に包まれて、ゲゲゲの森に穏やかな日差しを注ぎ込む。

ピンクのリボンが嬉しそう跳ねるのを、少し遠くに見ながら鬼太郎はねこ娘と紅葉狩りを楽しんでいた。
森は鮮やかな秋に彩られ、ただそこにいるだけで全ての時間が止まっているかのようにさえ思える。
降り積もった落ち葉の絨毯を踏みながら、ねこ娘は小躍りになって木々の間を行ったり来たりした。

周囲を銀杏の木が取り囲み、紅葉の色も相成って、暖かな色に染め上げられている。
普段なら、目玉の親父や砂かけ婆、それに子泣き爺、一反木綿、ぬりかべと、お馴染みの面子が揃うのが当たり前のように感じられるが、そんな中を縫うようにして時々、鬼太郎はねこ娘だけを連れて森へと散歩に出かけた。
目的も特別にないただの散歩だが、ねこ娘は喜んで鬼太郎の後ろに付いて来た。
のんびりと、時間を忘れて自然の中に溶け込むと本来の自分を取り戻したようで、鬼太郎は緊張する日々の多さから解放されたと知ると無性に緩みだす気持ちにホッと胸を撫で下ろした。

「そんなにはしゃぐと落ち葉で滑るよ」

言った所でその足取りは変わらない。
ひとりくるくると舞いながら、ねこ娘は無邪気にはしゃいで飛び跳ねる。
その様子を、鬼太郎はひとり切り株に座って見詰めていた。
見上げれば澄み切った秋の空。その愁いにも似た色にふと思いを寄せる。

―――考えなくとも矛盾な話はいくらでもあるのだ。

誰の言葉だったか忘れてしまったが、鬼太郎は思い出していた。
お互いに望むまま生きていこうとしているだけなのに、そこに併発されるのは決して逆らえない蟠りと争い。
人と共に生きてきた筈の妖怪たちが、その人々を恨み、妬み、憎しみ、どうしようもない思いの果てに闇に呑み込まれてしまうその理由は、わからない訳ではない。
どんなに取り繕うとも、どんなに言葉を紡ごうとも、その見えない壁は鬼太郎の手の届かないところへと伸びてゆく。
いたたまれないくらいに募る悔しさは、それでも気の遠くなる生命の前では単なる通過点に過ぎないのだろう。
何も変わらないから求めるものもない。何が正しくて、何が悪いか、そんなものの判断はとうに自分で決められる事ではないのだ。
ただ、時々いい加減にしたいと思う。それだけが、僅かな気の緩みに他ならないのだと。



「鬼太郎、見て、銀杏の葉っぱがたくさん…!」

秋風が枝を揺らして銀杏の黄色い葉を振り落とすと、その中心で両手を広げたねこ娘がその葉を受け止めていた。
くり返される戯れを微笑ましく思い、鬼太郎はねこ娘に微笑んだ。
秋の匂いが鼻を掠めてゆく。
やがて訪れる無音の冬。全てが純白の結晶に覆われてゆく森の、最後の宴に招かれて、歌い、踊り、そして自分の手を引く少女に誘われてみれば、眩暈さえする高さの銀杏に一瞬で意識を奪われそうになる。

「鬼太郎も、一緒に」

指と指がきつく握られ、それの意味に驚いてねこ娘を見た途端、天地がそっくり入れ替わった。
落ち葉の感触が背中を包み、あっという間に鬼太郎とねこ娘はふたりして大地に寝転んでいた。

「落ち葉のお布団みたいだね」

カサカサと耳元で枯葉の擦れる音がする。視界に広がる空が遠くて近い。
繋いだままの手に鬼太郎は力を込めると優しい温もりと少女の鼓動が伝わってくる。ひどく柔らかな指は折れてしまう程に細くか弱くて、こうして隣にいるねこ娘もまた共に戦いの日々を送ってきた仲間のひとりだと思うと、無邪気に笑いかける笑顔が儚いものだと思わずにはいられない。
どんなに辛い出来事に出会っても、己の心だけは決して何者にも汚されず、ただ在るべきままを守り続けている。
だからこそ少女は多くを語る経験も、悟るべき説教も、そして見たくない現実の柵も、何ひとつ持ち合わせずに鬼太郎の側にいた。
静かに瞼を閉じ、それならいっそこのまま少女と共に、この大地に全てを埋めてゆく事が出来るならそれもまた滑稽だと考え、鬼太郎は笑うに笑えない矛盾に気付いて閉じていた目を開けた。
そして広がる視界の真ん中にその少女がいる事を不思議に思い、名を呼ぼうと口を開いた時、微かな吐息と一緒に言葉を塞がれた。
口付けには慣れないねこ娘の、桜色に染められた顔に向かって鬼太郎は微笑む。


彩られた景色と、少女の温もりに包まれるこの時を、どうすれば永遠に出来るのかと思う。


尽きる事のない思いは、やがてどんな色に染まってゆくのかはわからない。
だからこそ、今を記憶と言う名の時間に刻み込むしかないのかも知れないと、少年は照れて立ち上がった少女の手をゆっくりと離した。

再び舞い始める秋の葉に心躍らせながら、ねこ娘はその中心へと戻ってゆく。

それを見届けた後、鬼太郎はもう一度落ち葉の絨毯に寝転んだ。
心地よい眠りが瞼に降りてくる頃には、ねこ娘がいたずらに散らした金色の葉を全身に浴びた事さえ気付かなかった。




落葉の下で/051120


相互リンクの記念に、憧れのちょろた様から頂いたSSです〜vvvv///////
空の紺碧、枯葉色、紅葉の紅、銀杏の黄金、猫娘のリボンのピンク…。
色彩の洪水が目に浮かぶような情景、そして繊細な二人の心理描写。
美しい! 美しすぎます!! さすがです!
鬼太郎視点の作品なのに、鬼太郎はもちろん、猫ちゃんの気持ちまでもが切ないくらいに伝わってくるのは、 一体どーいうことなのでしょう!
こんな風に、読む側の想像が膨らむような、行間に含みのある文章を書けるようになりたいな〜。
ちょろたさま、このようなすばらしい作品を、本当にありがとうございました。家宝にします!