面白くない。面白くないぞ。 なんだい、父さんったら、さっきから自分の息子と同じくらいの女の子とデレデレおしゃべりしちゃって。 何か自慢げに話しているけれど、女の子相手に知識をひけらかすなんて、いい年して大人気ないよな。 猫娘も猫娘だよ。 うちに入ってくるなり、ぼくの方はちらっと見て挨拶しただけで、いきなり「親父さん、親父さん」だもんな。 確かにここは、ぼくと父さんの家だし、名義でいうなら父親である父さんにあるんだろうけれどさ、ぼくの方が圧倒的に視界に入り易いのに、父さんしか眼中にないのはどうかと思うんだよな。 猫娘がなにやら薬草らしきものを手に訪ねてきてから、もう三十分は経った。 その間ふたりだけで盛り上がっちゃって、ぼくの方には話の合間に時々ちらりと視線を投げるだけだ。 せっかく入れたお茶も、冷めちゃったじゃないか。 狭い部屋なのに離れた所で小声で話しているから、だいたいのことしか聞えてこないけれど、薬草の話なんてとうに終って、今はなんだか父さんの昔話に花が咲いているようだ。 ぼくだって興味がないとは言わないけれど、すでにふたりきりの空間が出来上がっちゃっていて、なんとなく話に割り込めない。 その気になれば、会話の内容くらい聞き取れるけれど、盗み聞きするようなマネはしたくないから、あえて耳を塞いでいる。 なんとかこっちに気を引こうと、大きな溜息をついたり茶碗をひっくり返したり音を立てたりしてみても、一向にぼくの存在に気を掛けない。 父さん、いつもならお風呂に入りたがる時間なのに、大好きなお風呂も忘れるくらい、楽しいことを話しているのかな。 っだあーもうっ、、面白くないっ! …あ、今ぼくの方を見て、くすくす笑いながら話してる。 …あ、また! 今度は大笑いしてる。 ぼくが思いっきり不機嫌な顔をしているのがわからないのかなぁ。 なにをそんなに夢中になって話しているんだろう。 そりゃ、父さんはぼくからみても魅力的だよ。 悔しいけれど、話題の豊富さも話術も女心の掴み方も、父さんには敵わない。 生まれ持った性格もあるし、年の功というものもあるから仕方がない。 猫娘もすごく聞き上手だから、話が弾むのもわかるよ。 だからって、あの雰囲気の良さはなんなんだ? …父さんったら、いつもより饒舌に、熱心に話し続けている。 猫娘なんて、ほんのりと頬を赤らめて、目を輝かせて聞いている。 ああいう表情は、ぼくといるときにしかしないと思っていたのに…。 猫娘の気持ちは、いつでもぼくの方を向いていると思ったのに…。 そんなのは、独り善がりの思い込みだったんだろうか。 あ…、もしかして、今までぼくに向けられていると思っていた猫娘の想いは、本当は父さんに対するものだったのかな…。 お土産や薬草を持って足繁く我が家に通ってくるのは、父さんに会うためだったのかな…。 戦いの時、心配して駆け寄ってくるのは、ぼくじゃなくて父さんの身を案じてのことだったのかな…。 そう言えば、いつでも二言目には「親父さんは?」って聞いてくる…。 だとしたら…、とても敵わない。 だれが恋敵になったって正々堂々とこの想いを貫く自信はあるけれど、父さんが相手じゃ、とても無理だ。 考えてみれば、父さんも母さんが亡くなってから一人でぼくを育ててくれたんだ。 そろそろ、自分の幸せを考えてもいい時期だよな…。 なんだ、そういうことか…。 ふふっ…。ぼくひとり、勝手に自惚れてたってわけか。呆れた道化だな…。 …よし。身を引こう。 ふたりの幸せのために。 ぼくの一番大切な存在であるふたりが結ばれるのは、ある意味ぼくにとっても幸せかもしれない。 すごく哀しい幸せだけれど…。 そう決心して顔を上げた時、丁度ぼくの方を振り向いたふたりと目が合った。 ぼくはふたりへのはなむけに、精一杯の笑顔を向けた。 「ね、鬼太郎もそう思うでしょ?」 猫娘が、ぼくの笑顔に応えるように微笑みながら言った。 「うん。もちろんさ…。」 ふたりが幸せになるのなら、それが一番いい…。 「ほらー、やっぱり鬼太郎の思索好きは、親父さんの遺伝だってば。」 は? 思索好き? 遺伝…? 「なにを言っておるか。わしはあんなにぼんやり考え込んだりはせんわい。あれは、母親からの遺伝じゃ。あいつはぼんやりしたところがあったから。」 「ぼんやりもしてるけどさ、良く言えば思慮深いってことじゃない。そういうところは親父さん譲りでしょ。」 「良く言えばそうじゃが、鬼太郎はどうも考え過ぎのところがある。思慮というより妄想過多、というべきじゃな。」 「親父さん、そりゃないよー。ねえ、鬼太郎。」 再び向けられた笑顔に、止まりかけていた思考が動き出す。 え? ぼ、ぼくが妄想過多だって? 何の話をしていたんだ? ふたりの幸せの話じゃなくて…? 答えに詰まっていると、父さんと猫娘は呆れたような顔で互いに目を見合わせた。 「なんじゃ、またぼんやりしておったのか。」 「鬼太郎、話を聞いてなかったの? ずっと黙ってこっちを見てるから、聞いてるのかと思ったのに。」 「だ、だって、ぼくが入ってはいけないような雰囲気だったから…。」 「そんなぁ。考えすぎだよ。だって、ずーっと鬼太郎のこと話してたんじゃない。」 「え? ぼくのことを…。」 驚いて、少し顔が熱くなったぼくに、猫娘が悪戯っぽい笑顔を向けた。 「鬼太郎のね、小さい頃の話を親父さんに聞いてたんだよ。あたしの知らない鬼太郎の話、楽しくてさ、つい夢中になっちゃって…。ごめんね。もしかして、不愉快だった?」 「なーに、どうせ一人でまた、あらぬことでも妄想しておったんじゃろう。」 「ちょっ…、父さん、そりゃないですよ。二人が楽しそうだから、遠慮してたのに…。」 そう言いつつも、父さんにはすっかり見透かされていたことに内心冷や汗ものだった。 なーんだ。すべてはぼくの考えすぎか。 父さんが得意げに話していたのは、父さんしか知らない幼い頃のぼくのことだったのか。 そして、そのぼくについての話を、猫娘はあんなに嬉しそうに瞳を輝かせて聞いていたんだ。 ふたりが楽しそうに語り合っていた話題がぼくのことだったなんて…ちょっとくすぐったい。 考えてみれば、ぼくの大切なふたりが仲良くしていて、都合の悪いことなんてあるわけがない。 それなのに、勝手な邪推をしてやきもちを焼いていたなんて、たしかに酷い被害妄想だ。 きっとぼくたちは三人とも、お互いにお互いをとても大切に思っている。 どっちの方が…なんて比較は愚かなことだ。 それぞれまったく別の意味で、かけがえのない存在なんだから。 きっと、父さんも猫娘も、同じ気持ちでいてくれている…。 なにも、変に遠慮して卑屈になることなかったんだ。 「ね、ぼくにもその話、聞かせてよ。幼い頃のどんなことを話していたの?」 「それがさー、かっわいいのよ、小さい鬼太郎…。」 「そりゃそうじゃ。なんと言っても、自慢の息子じゃからな。少々妄想癖があるが…。」 いつも通りの屈託のない笑顔、掛け値なしの父性愛、それに変わりはないのに。 やっぱり、三人一緒が居心地いいや。 それにしても、妄想癖男の汚名をなんとか返上しなくっちゃ。 おしまい
「あらきたえの部屋」のあらきたえ様に、999HITのリクをいただいて書きました。 |